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「広島」そして「長崎」

8月 09日, 2017年 / / 1コメント

今日、8月9日は「長崎原爆の日」。

表題から重々しい内容ですが、われわれ日本人は、8月15日の終戦の日とともに

8月6日「(広島)原爆の日」と8月9日「長崎原爆の日」は忘れてはいけない魂の記憶だと思います。

この時期をあざ笑うかのように、最近、某国では核ミサイルの実験を頻繁に行って、世界に向けて挑発行為を行っているのは憤りを覚えてならない。

原爆に関しては日本は被害者であったけれども、第二次世界大戦で世界を相手に戦争を行ったのは事実。

人によっては世界経済のひっ迫する中での国を守るための戦争だったという人もいる。

いかなる理由があっても、やはり戦争はあってはならない。

いまも世界のどこかでテロや戦争が続いている。

領土や資源の奪い合い、宗教の違い、思想やイデオロギーの違い、などいろいろと衝突はいつの世も絶えない。

かつての日本も、経済的に追い詰められ資源の確保のために多くの過ちを犯した。

それは日本だけではなく、戦勝国と言われた国々も同じような思惑だった。

戦争に正しいことなんて何一つない。正義の名のもとに殺戮を正当化しているだけ。

戦争は人を変える。自分たちを正当化して他の犠牲をも仕方ないことだとかたずけてしまう。

原爆が第二次世界大戦を終結に導いたという人もいる。それは正義なのだろうか?

「原爆はアインシュタインが作った」という説がある。

余談ですが、アインシュタインは「ノーベル賞」受賞者としても有名で「相対性理論」でも多くの人に知られている。

アインシュタインは「相対性理論」ではなく「光電効果」で受賞しているという認識は薄いようである。

実は「アインシュタインが原爆を作った」というのは正しくはないのです。

アインシュタインは平和主義者でも有名で、母国ドイツの戦争に徹底的に反対の意を唱えています。

母国ドイツが第一次世界大戦に敗戦し、やがてヒトラーによるナチスが台頭してくると

ユダヤ人であるアインシュタインは相対論のみならず迫害を受け、アメリカに脱出します。

1930年代後半、ナチスドイツによる世界侵略が拡大すると、それを食い止めるために、

アインシュタインはアメリカ大統領のルーズベルト宛てに「原子力とその軍事利用の可能性」を進言します。

これはのちに「アインシュタインのルーズベルト大統領への手紙」として、

アインシュタインが原爆開発を推進したという形で残るのです。

しかし、その原爆が完成する前にドイツが無条件降伏し、原爆は日本に落とされることになります。

ドイツの降伏によりアインシュタインおよび原爆の目的は終わったはずでした。

 

アインシュタインは平和主義者で親日家でもありました。

1922年にアインシュタインは日本を訪問し、「日本滞在印象記」というものを記し、

いかに親日家だったかを垣間見ることができます。

 

しかし後の1945年8月、広島と長崎に原爆が投下されます。

自らの推進した原爆でヒロシマ・ナガサキが被爆したことを悲しみ、

のちに湯川秀樹がノーベル賞を受賞した際に後悔と謝罪の念を伝えたと言われます。

祖国ドイツの悪政を鎮めるために自ら原爆を推進し、その懲らしめるべく祖国ではなく

アメリカの方針転換により日本に原爆が使われてしまったことを平和主義者だったアインシュタインの胸の内は複雑だったと思います。

 

歴史の一片ではありますが、こうした背景をみると科学の進歩と戦争は紙一重。

いま世界的に普及しているスマホやSNS・インターネットも元はというとアメリカの軍事技術の応用です。

核兵器も、ウランの種類の違いで原子力発電にも原爆にも変わります。

原子力発電も度重なる原発事故以来、否定的な意見も増えています。

何が正しくて、何が間違いなのか、誰も決めることはできません。

原発の賛否等々について論争ではなく、傷つけあう光景はあまりに滑稽で悲しすぎます。

最近マスコミや国会も、国会議員の失言で上げ足をとったり、下らないことで議論をしているようですが、

もう少し差し迫った、近隣某国の核開発・人道対応とか「大人な議論」をしてほしいものです。

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